Beethoven: 5 Piano Concertos　Pierre Laurent Aimard　Nikolaus Harnoncourt　Chamber Orchestra of Europe Liszt: Piano Sonata, La Campanella, Liebeslied, Liebestraum No.3, Tarantella, Rigoletto Paraphrase 　Yundi Li Beethoven: Piano Sonata op.54, 57 Appassionata , 78, 90 ＋Wien Musikverein Live 2002.6.4　Maurizio Pollini Rachmaninov: Piano Concertos Nos.1, 3　Nikolai Lugansky　Sakari Oramo　City of Birmingham Symphony Orchestra Prokofiev: Scythian Suite, Alexander Nevsky　Olga Borodina　Valery Gergiev　Mariinsky Theatre, St Petersburg Schubert: Piano Sonata in C Minor D.958, A Major D.959, B-flat Major D.960　Murray Perahia Schumann: Carnaval op.9, Papillons op.2, Kinderszenen op.15, Arabeske op.18　Nelson Freire Beethoven: The Complete Piano Sonatas, Bagatelles op.119&126　Stephen Kovacevich Rachmaninov: Piano Concertos Nos.1, 2　Krystian Zimerman　Seiji Ozawa　Boston Symphony Orchestra

エマールのベートーベン ピアノ協奏曲全集 〜アルノンクール指揮 ヨーロッパ室内管弦楽団 今年前半に最も気に入り、楽しんだのがこのディスクであった。斬新な部分も多く含まれており、世間では賛否両論を巻き起こしているようだが、少なくとも私にとっては、エマールはまさしく現在最高のピアニストのひとりであり、実際ここでもその期待に応えてくれているのである。現代音楽を得意にしているピアニストの弾くベートーベンが大好きで、エマールはそうした貴重な存在なのだ。アルノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団によるベートーベンの交響曲全集や歌劇「フィデリオ」の続編として、新たにピアノ協奏曲を録音するにあたり、誰がピアノを弾くのか、それは注目であった。そこでアルノンクールが指名したのがピエール・ローラン・エマールである。当初エマールは引き受けるかどうかを迷ったようなのだが、私としては、アルノンクールの気持ちはよく理解できるし、大賛成なのである。そしてこれを聞いてみれば、実際その完成度はアルノンクールの狙い通りであり、大成功であろう。エマールはひとつひとつの音を大切に響かせ、格調高く美しい演奏をしている。音楽に鋭く踏み込むシャープな感性は、現代音楽に挑むときと何一つ変わらない。スコアへの客観的アプローチ、音楽との距離の置き方も絶妙で、しかしそれで冷たく聞こえたり、無機質な響きとならないのが、この演奏の素晴らしさといえるのではないか。むしろ瑞々しく、活気にあふれた印象なのである。そうした部分に関しては、アルノンクールの指揮によるところも大きい。ヨーロッパ室内管弦楽団は、恐らく編成はそれほどには大きくないであろうことが考えられるが、やはりスッキリと風通しがよく、極めて明解である。しかし音には暖かみがあり、何よりベートーベンに特有な迫力にも満たされている。アルノンクールの解釈は、音を大きく出すというのではない、いきいきとしたリズム感、力強いアクセントを大切にしており、改めていうまでもないが、やはりその辺りが最大の特長といえるのであろう。新しい世紀になって最初の全集ということになるが、画期的な内容であり、新鮮な魅力に気付かせてくれる名演であった。エマールとアルノンクールのコンビによる次の企画はロマン派に発展するようであり、ますます今後が楽しみだ。 ユンディ・リのリスト作品集〜ピアノソナタ、ラ・カンパネラ、リゴレット・パラフレーズ ユンディ・リはすごいピアニストになると思う。新人の場合、いろいろ聞いてみないとわからないし、すぐには結論づけないことにしているのだが、彼の場合は直感的にとにかくスゴイと思った。何がすごいかといえば、まずテクニックが超ハイレベル。音楽が鮮やかで音色も美しい。そして作品に対して真面目に取り組む。常に真っ向勝負で挑んでいる。作為的な部分が全くなくて、この安定感と清潔感は何と心地よいことか。こういう人は絶対に成功すると思うし、将来に無限の可能性を感じるのだ。同じ中国人といえば、やはり才能がギラギラしている今人気のラン・ランがいるけれど、全くタイプが違って、私の好みからするとユンディ・リの方が長くつき合える気がする。ここで演奏しているのは、リストのピアノソナタロ短調と有名な小品の数々である。リストはユンディ・リに最も適しているのではないかと楽しみに聞いたのだが、やはり納得の素晴らしさであった。ラ・カンパネラ、リストがシューマンの歌曲をピアノ独奏用に編曲した「献呈」、愛の夢第三番、巡礼の年「ヴェネツィアとナポリ」からタランテラ、そしてリゴレット・パラフレーズである。名曲集といった感じの印象なのだけれど、とにかく完璧である。何もいうことない。ただただ感動的であり、あまりの見事さにため息がもれてしまう。小品に行く前にソナタロ短調を聞くのだが、やはり同じく最高に優れているのだけれど、しかしきっとユンディ・リはこの先も長くこの作品を演奏していくと思うし、長い年月を経て、大きく成長した彼は一体どんな演奏をするのだろうかとそれを思うと、そのいつの日かの将来を夢見る方が面白い。音楽にさらに厚みや深みが加わることであろう。しかし若い今だからこそのこの輝きは最大の魅力であり、聞きごたえのある名演であった。 ポリーニのベートーベン「熱情」〜 2002.6 最新録音 ポリーニによる「テレーゼ」と「熱情」の組み合わせは、演奏会での定番であろうか。しかしながら私はまだその実演を聞いたことがなくて、それは何とも残念なことである。ポリーニプロジェクト 2002 東京でチャンスがあったのだが、ここでも聞き逃してしまった。かわりといっては何だが、その前に録音されたディスクが発売になり、またボーナス盤として、ウィーン楽友協会での演奏会ライブも収録されているのはうれしい限りである。熱情は 1980 年代のライブ録音と比べると、やはり現在のポリーニは丸くなったのか、余裕があったり、音楽における広がりが最も重要なのである。スピード感や切れ味、そしてそのすさまじい迫力については 1980 年代が最高であったと私は考えているのだが、凝縮度という点では、かつてのような集中力はさすがに影を潜め、それもまた時代の移り変わりなのかもしれない。シャープさが売り物であったポリーニではあるが、むしろ今では残響を長めにとって、響きの重み、深みを大切にしているのである。そうした近年のポリーニの傾向は、ここでも顕著であるといえよう。しかしながら聞いていて、この常に前に進もうとする推進力、力強く豪快な響き、そして圧倒的な輝き、こんなにも素晴らしい熱情が、一体他の誰に演奏できようか。やはりさすがはポリーニのなせる技である。その完成度からいえば、もちろん一枚目のスタジオ録音の方が上であろう。しかしライブ特有の熱気、即興性、その場の空気を楽しむのであれば、断然ウィーン楽友協会ライブの方が魅力的である。どちらも感動的なのだが、ポリーニの実演のイメージを大切にし、それに近いライブ盤に私は心ひかれる。 ニコライ・ルガンスキーのラフマニノフ ピアノ協奏曲 〜サカリ・オラモ指揮 バーミンガム市交響楽団 聞きはじめてすぐに、ピアノ協奏曲第一番があまりに素晴らしくて、驚いてしまった。アシュケナージの名演などで、今までにも聞いていたのだが、正直なところ、表面的に美しいメロディーだけであり、ラフマニノフではあっても、ピアノパートがあまり面白くないといった印象さえもっていたのである。しかしルガンスキーのピアノとオラモ指揮のオーケストラは、充実した響きと完成された音楽を作り上げることに成功しており、心から納得させられた。こんなにも優れた名曲の一体何を私は今まで聞いてきたのであろう。そして続く第三番の素晴らしさについてはいうまでもない。ちょうど同じ時期にミヒャエル・プレトニョフの新譜も発売になって、そちらも圧倒的な名演だったのだが、私としては、さらに魅力的なルガンスキーの演奏をとりたい。プレトニョフは非常にクールな演奏をしているが、我々が思い描いている以上に、ラフマニノフ自身による演奏はずっと速いテンポであり、歌う場面もさらりと弾いて、全曲を一気に駆け抜けるような演奏なのである。プレトニョフもまた、そうした演奏を目指しているのであろう。しかし私が聞いた感想では、やはりラフマニノフはもう少しロマンティックな音楽であってもいいのではと思ってしまう。ルガンスキーの演奏はその辺のバランス感覚に優れ、高度なテクニックを駆使し、極めて鮮やかに華麗な表現を実現している。しかし決して重くなることはないし、その繊細さが新鮮な印象をも与えてくれる。歌うところは美しく、それが濃厚になりすぎることはないし、常に透明な響きを保って、そうした部分にルガンスキーのセンスのよさが感じられるのだ。プレトニョフと同様、一種のさりげなさみたいなものが基本となっているが、ラフマニノフの音楽への深い共感が伝わってきて、感動的である。ピアノの魅力が全面にあふれ出ているが、ここでの成功には、オラモ指揮バーミンガム市交響楽団も重要な役割を果たしていることにふれなければならない。オラモのラフマニノフはシンフォニックであり、私はこうした演奏を求めていたのだ。ルガンスキーにとって、ラフマニノフは最も得意とするレパートリーのようだが、残りの協奏曲やパガニーニの主題による狂詩曲など、続編にも期待してしまう。 ゲルギエフのプロコフィエフ スキタイ組曲、アレクサンドル・ネフスキー〜マリインスキー劇場 この色彩感、独特の雰囲気、さすがにゲルギエフとマリインスキー劇場管弦楽団である。素晴らしい。もちろん作品の傾向もあると思うが、それだけでなく、ゲルギエフの濃厚に歌い、そして際だって大胆なリズム、迫力の音響、それらは圧倒的な個性であり、他では決して聞けない音楽である。逆にいえば、最近はすっかりゲルギエフの世界に慣れてしまって、普段から当然のようにゲルギエフを求めてしまっているけれど、それは私だけでなくて、ゲルギエフの存在なしには、もはや音楽は楽しめないという人もきっと多いはずなのである。世界的にそんなことがいえて、ブームというのを通り越して、ゲルギエフという指揮者、ゲルギエフの生み出す音楽、それらが現在の最高の価値観、絶対的であり、あまりにも偉大な存在となりつつあることを感じるのだ。今年も他にショスタコーヴィチやウィーンフィルとのベルリオーズなどが紹介されたが、やはり中でも、ゲルギエフが最も得意としており、また積極的に取り組んでもいるプロコフィエフの作品集が圧倒的魅力であると私には感じられた。 ペライアのシューベルト 後期ピアノソナタ集 D.958−960 ペライアのリサイタルでハ短調 D.958を実演で聞いたことがあるので、その素晴らしさはすでに知っていたし、さらに後期の有名な三つのピアノソナタにペライアが取り組むとなれば、それがいかに感動的であるかは、聞かなくてもわかるぐらいなのである。しかし実際に手に取り聞いてみると、それがまた何とも魅力的であり、予想通りであると同時に、その心地よさや幸福感に包まれる感じは、やはりペライアに独特な世界であるといえるであろう。以前に比べ深みが増し、シューベルトの作品であると、軽やかさよりも音の重なりやそれらが生み出す力強さ、空間の広がりそして奥行きに表現の重点がおかれているようだが、弱音であっても、音に存在感があって、しっかりとした重みが感じられるのはさすがに今日のペライアならではである。シューベルトにおけるベートーベン的な要素を明確にしながらも、昔からのペライアの繊細な歌は失われていないし、美しい音に満たされて、ペライアの愛情のこもった歌は実に表情豊かである。そしてそれらはこの上なく上品でもあり、透明感のある流れを生み出しているのだ。近年の充実したペライアだからこその技術的高さや音楽の安定感、その完成度であるが、この高い水準にあって、同時に歌が見事にひとつになっているところ、これを聞いてしまうと、ペライアこそが現在最高のピアニストであり、他に代わりのいない存在であることを思ってしまう。集中力の強い演奏は、気迫がこもり、それが激しさへと結びついていくことが多い中で、歌うことによって音楽の密度を高めていくのはまさにペライア流であり、そのスタイルがここに完成し、頂点を極めつつあるのを感じるのである。 ネルソン・フレイレのシューマン ピアノ作品集 去年のショパンに続いて、フレイレのシューマンが登場した。ショパンのピアノソナタ、エチュードを演奏するフレイレをすでに私は絶賛しているが、シューマンはまたさらに感動的であり、心から幸せな気持ちにしてくれる。何と素敵なピアニストであろう。こんなにも歌心にあふれ、感情のこもった美しい音をさせる人はそうはいない。今最も面白いピアニストは、間違いなくネルソン・フレイレである。謝肉祭、蝶々、子供の情景、アラベスク、何ともカラフルな作品ばかりの選曲だが、そこがまたフレイレっぽいところなのか、どうなのか、魅力たっぷりである。それぞれの作品は、ごく短い小品の集合体からなっているが、そうした性格を見事に描ききって、フレイレはいきいきとしたリズム、しなやかな流れ、そして丸みを帯びた優しさで、じっくりと聞かせてくれる。色とりどりに自由自在に弾きこなして、しかし決して音楽が崩れてしまわないのは、現在のフレイレならではといえるのではないか。心のこもった音楽は、聞く人を暖かい気持ちにしてくれる。フレイレはそれができる数少ないピアニスト。宝物のように大切にしたい超名盤である。この感激、めったに出会えるものではない。ブラボー！ スティーヴン・コヴァセヴィチのベートーベン ピアノソナタ全集 スティーヴン・コヴァセヴィチが十年以上の年月をかけて取り組んできたベートーベンのピアノソナタ全集がついに完成した。最初の頃の何枚かは買って、op.101やop.110、op.111などの後期の作品や「ワルトシュタイン」「テレーゼ」そして「テンペスト」を含む op.31 の三曲などはすでに聞いていたのだが、つづきも欲しいと思いながらも、何となく買いそこねてしまい、しかし今回全集としてまとまり、特に最後のピアノソナタである op.111は 2003年の新しい録音（再録音）が収録されているというのも魅力で、思い切って全集を買ってみることにした。素晴らしいベートーベンである。今日の最も理想的な形で完成された全集といえるのではないだろうか。全曲を聞き通すには時間がかかるが、ぴんと張りつめた緊張感は見事に持続し、深く感動して、その迫力や力強い響きに引き込まれてしまう。コヴァセヴィチは録音にじっくりと時間をかけ、ゆったりとした歩みでここまで来ているが、全体の均質感は驚異的であり、この十年間がいかに充実していたかを表していると思う。最初のうちは、あまりに快調なテンポで、かなり勢い込んで突っ走るので、ときにはやりすぎなのではないかと思うこともあったのだが、しかし立体的な音でメリハリがきき、これ以上はないという鮮やかな表現、確信と自信に満ちた音楽、それらは高度なテクニックのなせる技だと思うが、最高のベートーベン演奏であると私には感じられた。かなりメカニックな表現なのだが、深い響きや音楽に奥行きが存在しており、さすがにコヴァセヴィチであると満足度は高まるのである。最近の録音では多くなっているのだが、コヴァセヴィチの息づかいや力を込めたときの唸り声もしっかりと音はとらえており、それらは迫力や演奏の密度を高めているようで、私は大歓迎である。もちろんそうした臨場感は、人によって好き嫌いがあると思う。しかし特に「熱情」や「ハンマークラヴィーア」での迫力はすさまじく、ここまで圧倒される巨大な造形には、これ以上の何も望むことはないし、ただただ感激に興奮するのみである。今回念を入れて再録音された最後のピアノソナタop.111は、録音のせいもあるのか、どことなく柔らかさも加わり、精妙かつ極めて流麗な表現であると感じられた。まさに全集を締めくくるにふさわしい心に残る名演である。ここから先、コヴァセヴィチは一体何を目指すのであろう。興味あるところであり、ぜひとも追ってみたいと私は考えている。 クリスティアン・ツィメルマンのラフマニノフ ピアノ協奏曲 〜小沢征爾指揮 ボストン交響楽団 年末もギリギリになってスゴイ！のが登場した。ラフマニノフのピアノ協奏曲といえば、アシュケナージが 1980 年代に録音した二度目の全集が究極であるとずっと思ってきた。今もその思いに変わりはない。しかしそう思い続けたいというのが正直なところか。というのは、ツィメルマンの登場により、いろいろと事情が大きく変わってくるのである。聞けばすぐに驚く、とにかく衝撃的な名演なのだ。それにしても何と鮮やかに響くラフマニノフなのであろう。ここまでの完成度の高さって、毎度さすがはツィメルマンなのである。思いっきり感情を込めて、ロマンティックな音楽が豊かに歌われるのだが、デリケートな透明度とどんな音もクリアに響かせる驚異的なテクニックにより、何ともいえなく美しいバランス感覚が生み出されている。速ければ速いほどにその輝きが増していくのが素晴らしく、細部のこだわりや自信の上に成り立っている徹底して自らの主張を貫く姿勢、これこそがツィメルマンであるといった印象か。もちろん今後、これに続き第三番や第四番へと発展するのであろう。第三番が登場すれば、さらにスゴイ！ことになるのは間違いない。待ち遠しいことだ。しかしながら、ツィメルマンの性格を考えると、極端に慎重であり、自らに厳しく、納得しないという人だから、やはり再び長く時間がかかるのかもしれない。ファンもまた根気がなくては務まらないのである。

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